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つくつくランド(園だより抜粋)

在園児保護者の方々に毎月配布されている園だよりの中から抜粋で、園長川崎が独特の教育観を語っています。
大いに幼稚園教育論を語り、そして現在の保護者の方々を叱り、励ましています。
頑張れ!つくしの幼稚園の保護者のお父さん、そしてお母さん!!(By川崎)

◆ 各月ごとのつくつくランド抜粋へは下記 ↓ のそれぞれの月をクリックするとジャンプします。

                        

2019年 3月

いよいよ3月が来てしまいました。3月はわかれの月とも言います。クラスのわかれ、友達とのわかれ、先生とのわかれ、卒園でのわかれ。しかし、このわかれは子ども達にとっては、一段と大きく飛躍する機会なのです。親は(大人)、とかく感傷的に考えますが、子ども達にとっては、未来に向けての好奇心があり、希望があり、夢があります。進級・進学に向けて毎日を大切にしましょう。

さて、今月はこれまでも紹介をしている鍵山秀三郎氏の「ひとつ拾えば、ひとつだけきれいになる」PHP研究所から“本当の大人”と“大人と子供の違い”を紹介いたします。

“本当の大人”
人間はいくつになっても、誰にでも幼児性が残っているものです。この幼児性は、年齢に関係ありません。八十歳の人でも子供はいるし、二十歳の人でも大人はいます。とくに、幼児性が顕著に表れるのは「わがまま」。同じ「わがまま」でも、「自分のわがまま」は平気で許せるのに「人のわがまま」は絶対許せない、という人がいます。この人は、たぶん、大した失敗も苦労もなく甘やかされて育った人ではないかと思います。相手の立場に立って物事を考えることができない。すべてが自己中心的考え方。自分の持っている力は、自分だけのもの。一切、自分以外のために使おうとしない。自分で自分のことをコントロールできない体質も共通しています。こういう人は年齢に関係なく、子供。一方、自分のことだけでなく、他者のこと、社会、国家のことまでいつも気遣いながら生きている人がいます。自分にできることはたとえわずかなことであっても、常に周囲のことを気遣って生きている人。自分にできることは何なのか、をいつも問題提起しながら生きている人。こういう人は「自分のわがまま」を自分で許すことができません。この人が本当の大人です。

“大人と子供の違い”
大人と子供の違いは、数多くあります。違いのなかでも、その人の持っている時間の使い方で大きく分かれます。誰も、あり余っている時間はありません時間は貴重。できれば自分のためだけに使いたい人ばかりです。その時間を、直接自分の利益に結びつかないことや、周囲の人や社会のためにも費やすことができるようになったら立派な大人。曽野綾子さんとクライン孝子さんの共著『なぜ日本人は成熟できないのか』(海竜社)のなかに、次のような一説がありました。「自分のしたいことはするけれども、人として為すべきことはしていない」。インドの牧師が、いまの日本人に対して発した言葉です。「人として為すべきこと」をしようと思えば、手間と時間はつきもの。面倒で苦労することばかり。簡単で楽なことは何もありません。見返りが保証されたり、約束されているわけでもありません。だからといって「自分のしたいこと」ばかりに時間を使っていると、周囲の人々が離れていきます。協力も得られません。そういう人に限って、自分の利益や楽しみに結びつかないことをすれば「損をする」と考えるようになります。これでは、いつまでたっても子供のまま。限りある人生。時間が命だとすれば、その命を自分以外のために費やせるようになったとき大人になったといえるのはないでしょうか。    以 上

子育て真っ只中、穏やかに過ごすことは難しいことと思いますが、 私達大人自身が常々謙虚に素直に感謝して生活していれば、穏やかで安心できる生活になると思います。
私達大人自身の在り方が大切なのではないでしょうか。 夢と希望に向かってレッツゴー!

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2019年 2月

4日は立春となり暦の上では春になりますね。今年は暖冬ですが、この時期(一月下旬から2月上旬)が一年で一番寒くなるそうです。まだ寒い日が続くことと思います。
外出後はうがい・手洗いをしっかりしましょう。また何でもよく食べ(特に朝食)、外遊びも積極的にし、室内の換気を適度にして暖めすぎないようにしましょう。そして睡眠を十分にとることも大切です。
それでも体調の悪いときは無理をせず幼稚園を休むようにしましょう。ご理解ご協力のほどを。
さて、今月は九州の親しくお付き合いをしている園長先生の園だよりコラムから。

「心温かきは万能なり」

昭和30年代の冬の東京。自動車用品販売会社を辞め、独立したある男性の物語です。
自分一人で同じような販売営業をしようとしましたが、全く上手くいきません。前職時代、「独立するようなことがあったら、応援するよ」と、声をかけてくれた問屋さんも、前の会社のオーナーからの仕打ちを恐れてか、全く商品を売ってくれません。どの問屋、卸屋を訪ねても結果は同じでした。頭を下げて頼んでも、まるで犬か猫を追い払うように「シッシ!」と手を振り回す人もいます。名刺を差し出すと、目の前でビリビリに破ってごみ箱に捨てる人、燃えているストーブにそのまま投げ入れる人もいました。
それでも売る商品が無ければ仕事になりません。ただ、誰も買わないような商品、すなわち問屋の倉庫の片隅に埋もれ、ホコリを被っているような商品なら売ってやると言われ、それらを買い求め、磨いたり包装を新しくしたりして、自転車の荷台に積めるだけ積んで、都内を行商して回ることにしました。
後年、この男性は「ですから私は『自転車創業』なのです」と、笑って話します。(この面白さがわからない方へ。売上金を即時支払いに廻すような余裕の無い経営を「自転車操業」と言います。そのシャレなのです)みぞれの降る寒い日のことです。この男性はカッパを着て、重たい荷物を積んだ自転車を押しながら、商品を買ってくれる店を探します。殆どの店が門前払いをしますから、カッパを脱いで入っても、すぐに着なくてはなりません。先ずは入れてくれるかどうかを確かめるため、あるお店の玄関ドアを開けました。その時・・・
いきなり店の中から手が出てきて、男性の濡れた手を掴みました。そして優しい声で「外は寒かったでしょう。さあ中にお入りなさい。ストーブの近くで暖まりなさい」と、店の中に引き入れました。男性は店に入る前に濡れたカッパを脱がなければ失礼になると思いましたが、そんなことにはお構いなく背中を押されました。さらに「ちょうど今、みんなでお団子を食べようとしていた時だから、あなたも食べなさい」と言って串に刺した団子を男性の手に渡しました。
男性は「ありがとうございます」と、お礼を言いたかったのですが、感激のあまり声が出ず、団子を手にしたまま何度も頭を下げたそうです。そして「世の中には何と心の温かい優しい人がいるのだ。自分もいつか、こういう人になろう」と決意をしたそうです。
人を幸せにするのはお金や、物だけではありません。ひとつの言葉、表情、眼差し、態度でも相手を幸せにすることができます。寒い日が続きますが、せめて気持ちは温かくありたいものです。 このエピソードの男性とは、イエローハット創業者の鍵山秀三郎さんであり、お団子を差し出した人は、歌手の藤山一郎さんでした。    以 上

“よい人間関係”
知識や技能さえ身につければ、一生安泰に暮らせると勘違いしている人がおります。
知識や技能だけに偏りますと、人間としての感性が薄れてきます。感性が薄れると、人間関係に支障をきたします。したがって、幸せな人生は送れません。
よい人間関係を作るための基本は、自分の手と足と体を使って、人とのご縁を深めることです。

余裕があるから人に譲ったり、分けたりするのではなく、逆に分け合ったり譲り合ったりしているから余裕が生まれのだと思います。

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2019年 1月

新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
2019年がスタートしました。新しい気持ちになって、子ども達が夢と希望を持って園生活が過ごせるようにしていきたいと思います。変わらぬご理解ご協力をお願いいたします。 3学期の保育日数は45 間です。最も短い日数の期間です。卒園・進級に向けて一日一日を大切にし、一人ひとりの思いや願いに心を込めて丁寧に対応をしていくように努力してまいります。 よろしくお願いいたします。

さて、今月は鍵山秀三郎・亀井民治編「ひとつ拾えば、ひとつだけきれいになる心を洗い、心を磨く生き方」から“大人と子供の違い”と“三つの幸せ”を紹介いたします。

“大人と子供の違い”
大人と子供の違いは数多くあります。違いのなかでも、その人の持っている時間の使い方で大きく分かれます。 誰も、有り余っている時間はありません。時間は貴重。できれば自分の為だけに使いたい人ばかりです。その時間を、直接自分の利益に結びつかないことや、周囲の人や社会のためにも費やすことができるようになったら立派な大人。
 曽野綾子さんとクライン孝子さんの共著『なぜ日本人は成熟できないのか』(海竜社)のなかに、次のような一説がありました。「自分のしたいことはするけれども、人として為すべきことはしていない」。インドの牧師が、いまの日本人に対して発した言葉です。
「人として為すべきこと」をしようと思えば、手間と時間はつきもの。面倒で苦労することばかり。簡単で楽なことは何もありません。見返りが保証されたり、約束されているわけでもありません。
だからといって「自分のしたいこと」ばかりに時間を使っていると、周囲の人々が離れていきます。協力も得られません。そういう人に限って、自分の利益や楽しみに結びつかないことをすれば「損をする」と考えるようになります。これでは、いつまでたっても子供のまま。
限りある人生。時間が命だとすれば、その命を自分以外のために費やせるようになったとき大人になったといえるのではないでしょうか。

“三つの幸せ”
人間は一人の例外もなく、幸せに生きたいという願望を持っています。ところが、どうしたら幸せな生き方ができるのか、具体的にわからない人も多いのではないかと思います。 幸せには三つあるといわれています。
ひとつ目の幸せは「してもらう幸せ」。赤ちゃんのとき誰もが、お腹が空けば泣いたし、オムツが濡れれば泣きました。するとお母さんが飛んできて、おっぱいを含ましたり、おむつを替えてくれました。そのとき私たちは幸せでした。これが「してもらう幸せ」です。
二つ目は、自分で「できる幸せ」。字が書けるようになった。ひとりで自転車に乗れるようになった。サッカーがうまくなった。何でも自分でできるようになると、偉くなった気がしてうれしいものです。これが「できる幸せ」です。
そして最後は、人に「してあげる幸せ」。人に物を差し上げる、何かして差し上げる、相手の喜びをわが喜びとする。そんな人は、人から好かれ頼りにされます。「してあげる幸せ」は三つの幸せのなかでも最高の幸せです。私たちも「してもらう幸せ」から「できる幸せ」へと進み、そして「してあげる幸せ」を味わえる人生を送りたいものです。
私達大人が正しい生き方とあり方を示すことがとても大切ですね。チャレンジです。

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2018年 12月

早いですね!もう師走となりました。あっという間の2学期となります。それでもロマンスカー遠足、もちつき会、クリスマス会そして2学期終業式など。残り13日間の中で行事が目白押しです。体調管理は万全に!手洗い、うがいをしっかりしてお休みの無いようにしてまいりましょう。
さて、今月はあるセミナーで印象に残った講師の話からです。

親から何を言われた
「皆さんは子どもの頃、親から何と言われて育ちましたか?どういうことで、何と言われて叱られましたか?」と研修会での講師からの問いかけです。受講者は、しどろもどろで「優しくしなさい」とか「思いやりの気持ちをもちなさい」等、さほど明確な答えが発せられることはありませんでした。
還暦を越している私などは、大正生まれの両親から「人様のご迷惑になることをするな」、「お天道様が見ている」、「世の為、人の為になることをせよ」、この三つを「耳タコ」のように言われて育ちました。

現在の私が、両親の教え通りになっているかどうかは別として、確かに子どもの頃にかけてもらった親からの言葉は、その子の人生の基盤となるのは間違いないでしょう。
では最近の親は、子どもに向けてどんな言葉をよく発しているでしょう。それは「あなたの好きなようにしなさい」だそうです。
私は「それで良いのかな?」と感じます。
あなたの好きにしなさい。一見、子どもの人格を認めた、大らかな気持ちのように受け止められますが、一種の責任回避、親から子への責任の押し付けのようにも思えます。
「あなたの好きなようにして良いのよ。ほら、私はなんて理解のある、優しい親なんでしょう。でもね、その結果がどうなろうと、あなたが決めたんだから、私は知りませんよ」という、親にとって都合の良い本音が聞こえてきそうです。
私が思うのは、子どもが高校生くらいまでは好き放題にさせてはならないと思います。勿論、親子で話し合って子どもの希望や願いを聞くことは大切ですし、親子のコミュニケーションとして重要な事と思います。
しかし、話を聞く中で人の道に外れそうなことや、安易な生き方を目指す考えに関しては「ダメ」とはっきり(たとえ子どもから嫌われても)発言する勇気が必要です。 また講師から、「徳を積むことって、分かりますか?」との問い掛けに、分かると挙手した受講者は少なかったように思います。これにも少々ショックでした。
世の為、人の為になるような行いを、人知れず実行し続けることが、徳を積むということです。ポイントは「人知れず」ということで、「陰徳(いんとく)を積む」という言い方もあるくらいです。

人前で善行をして「ほ〜ら、私は偉いでしょ」と人から評価を得ようとしたら、それは徳を積むことにはなりません。こつこつと謙虚に積み重ねることで、自信が身に付き少々のことでは揺らぐことの無い生き方が出来るようになるのだと思います。    以 上
「あたり前のこと十か条」を念じていると行動が伴うようになってくるものです。
2学期も残り2週間を切りました。一日一日を大切にいたしましょう。

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2018年 11月

朝夕はだいぶ冷え込みむようなり、道路では落ち葉が舞うようになってきました。
今の時期は1年のうちで最も酸素が多く、日中でもひんやりとした空気が頬を気持ち良くなでてくれます。運動会や園外保育を数多く経験してきた子ども達の園生活に一層の充実感が感じられるようになってきました。今月末にはハーモニーホールの大ホールでジョイフルコンサートを実施します。どうぞお楽しみに!

日々練習を積み重ねながら幅広い豊かな経験をたくさんして一人一人の成長を確かなものにしていけるように指導していきます。ご理解、ご協力のほどを。

さて、今月は、児童精神科医佐々木正美著「子どもの心の育てかた」河出書房新社から『子供の反抗は、喜ぶべきものです。《だって》が始まったら、《やっと来たか》と、その後の成長を楽しみにしながら接しましょう。』
一度いったこと、叱ったことをけっして忘れず、ずっとそれを守っている子どもがいたら、これはとんでもないことで、ほとんど心の病気の状態です。子どもはそうしたことを片っ端から忘れることで、失敗を繰り返し、学ぶものだからです。たとえば家にお客さまがきたとき、「きちんとご挨拶をしなさい」と親は子どもにいいますが、一度それを身につけて、次のお客さまがあったときは、自分から出てきてきちんと挨拶できる子どもなど、普通ありません。ほぼすべての子どもは、毎回毎回、「ほら、きちんとご挨拶しなさい」といわれなければ、挨拶などしません。これが健康な状態です。親のお客さんに挨拶したい、などという子どもは普通おりません。いるはずがないのです。自発的に挨拶できるようになるのは、思春期以降のことで、その時期になって挨拶ができなければ、それも大きな問題ですが、幼児期にきちんと挨拶できたら、こっちもかなり大きな問題です。親は、この部分を間違えないでおきたいものです。大きくなってから身につけるべきことが、小さいときからできるようになっていると「とてもいい子」と見間違ってしまいますが、小さいときには小さい時期のありようというものがあるのですから、そこをきちんと見ておかなければなりません。好奇心うずまくエネルギーのかたまりを、3歳ごろからの子どもは身体の内部にかかえ、そのエネルギーがいつも活発に活動しているのです。それを見守る側は、ただ黙って見てさえすればいいというわけにはいかないでしょう。やっぱり、ときには「それは危険だからいけない」「ほかの人の迷惑になるからいけない」など、適度に叱り、注意しなければなりません。
けれども、そのときはすぐに忘れられるような叱り方をするのがいいのです。なかなかむずかしいことかもしれませんが、子どもの心にぐさっと刺さるような、次の行動をおどおどしながらしかできなくしてしまうような叱り方はいけません。もっと別の言葉でいうならば、子どもの自尊心を傷つけるような叱り方というのがいけないのです。3歳の子どもであっても、子どものプライドを傷つけるような叱り方は、できるかぎりしてはなりません。子どもが自発的になるということは、反抗的になるということでもあります。親は、子どものはじめての反抗に驚き、「前はもっといい子だったのに」などと心配するかもしれませんが、反抗しないほうがずっと心配です。反抗的になれるということは、自発性がきちんと育っていることですから、大喜びしていいくらいなのです。反抗が終われば、必ず主体性のある人格の成熟が見られます。成熟の前の嵐は大きいほど、飛躍的な成長が待っている、と考えてください。もちろん子どもの理不尽な反抗に迎合し、手をこまねいて見ている、ということではなく、叱るべきものは叱らなくてはなりませんが、叱りながらも「今は反抗的だけれど、あとの成長が楽しみだな」というぐらいの、ゆとりある親心をもって叱ってほしいと思います。

魚を釣り上げるときの強烈な引きと同じです。その「手応え」を楽しむところによさがある。強引に引き上げると糸は切れてしまいますよ。「だって」という口答えにも、竿さばきを合わせながら、やさしい親心をもって、抵抗をも楽しみながらこちらにたぐり寄せてやるのがいい。魚は技術だけで釣れるでしょうが、子どもの成長は技術だけではだめです。   以 上
「子育ては親育て」と言う言葉があります。親自身の成長が大切ですね。

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2018年 10月

朝晩はだいぶひんやりとしてきました。日中も吹く風がとても心地良く感じられます。
9月は雨の日が多くあり、運動会の練習等が思うようにいきませんでした。でも、これからは戸外での活動には絶好の時期です。天気の良い日には外でのあそびや園外保育をたくさん取り入れて、子どもたちの「動線」と「友達関係」をうんと広げてやりたいと思います。
今月からは園生活の後半に入っていきます。一人一人の成長を大切に見守り、育んでいきたいと思います。ご理解、ご協力のほどを。

さて、今月は渡辺和子(ノートルダム清心学園理事長)著「幸せはあなたの心が決める」(PHPから) 『自分を美しくきたえる』を紹介いたします。
今や、礼儀を、古いとか形だけのものとして蔑視する傾向があります。
「何の得にもならない」と、利益に換算する人もいれば、「こんな忙しい世の中、礼儀などにかまっていられない」と言う人もいます。
中には、無礼であることが、むしろ現代的だと錯覚している人もいます。
そして、多くの若い人は、礼儀を教えられずに育っていますが、それは彼らにとって大きな損失です。
なぜなら、「美しさ」というものが、永遠に変わらない、そして人々が追い求める一つの価値だとすれば、その美しさを創るもの、生み出すものは、礼儀という名のもとに実行される、小さいことの積み重ねだからです。
それは、なぜそうするのかと問われても答えられないような「きまり」を、来る日も来る日も、繰り返して自分に課していった結果、いつしか生まれてくるものなのです。
幼い時、母は私たちに向かって「膝を揃えなさい。膝と膝の間をあけて座るものではありません。宮様方は、何時間でもそうしていらっしゃいます」と言ったものでした。
宮様ではあるまいし、と心の中で反撥しながら、渋々膝小僧を揃えたものです。

「家の習いが外に出る」という信念のもとに、母は、家の中だから行儀を悪くさせていいということを許しませんでした。
食べ物を口に入れたまま話したり、歩いたりすることはもちろん禁じられ、食後すぐ寝そべることは「牛になる」ことであったし、床の間に足であがること、敷居や畳のへりを踏むことは「足が曲がります」という極めて非科学的な理由で禁じられていました。
ふすまや障子をきっちり閉めない時にも、叱(こ)言(ごと)は容赦なく飛んで来たものです。
「でも、よそのおうちでは」と言おうものなら、「よそはよそ、うちはうちです」と言われるのが落ちでした。
今になって思えば、これらの「理由なきしつけ」は、結局、自分との闘いであり、自分をきたえる手立てだったのです。

園では、「あたりまえのこと十か条」を毎日唱和しています。今は幼児にとって理解ができない事もあると思われますが、毎日繰り返していると少しずつ理解ができるようになります。「門前の小僧習わぬ経を読む」という諺の通り、環境を通して日々の積み重ねで身に付けていくことはとても大切であり、にわか仕立てでない事は深く記憶に残るものと思います。親自身が規範意識をしっかり持って過ごすことで我が子に「親は親の後姿を見て育つ」を実践していただけたらと願います。

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2018年 9月

充実の2学期がスタートしました。今学期もよろしくお願いいたします。
運動会や音楽会等の大きな行事や活動を通して子ども達の成長が著しく見られる時期です。
一人ひとりの思いや願いを十分に受け止めて、豊かで楽しい園生活が過ごせるよう援助をしていきます。ただし、まだまだ暑い日が多くあることと思います。適度な休憩をしながら日々を過ごしていきたいと思います。ご理解・ご協力のほどを。
さて、今月は100歳まで現役医師であった日野原重明著「生き方上手」ユーリーグより
人はいくつになっても生きかたを変えることができます。から人生とは習慣であるを紹介いたします。

人生は、ひと言で言えば習慣です。
アリストテレス(前384〜322)は、「習慣とは繰り返された運動」であり、習慣が人間の性格や品性をつくると言っています。
習慣に早くから配慮したものは、おそらく人生の実りも大きく、習慣をあなどった者の人生はむなしいものに終わってしまいます。習慣は日々の積み重ねですから、それが習い性になってしまえば、その後はつらいとも面倒だとも感じなくなります。よい習慣をからだに覚え込ませればよいのです。鳥は生まれついた飛びかたを変えることはできません。動物は這いかた、走りかたを変えることはできません。けれど人間は生きかたを変えることができます。それは、人間だけがいのちに終末があることを初めから知っているからです。かぎりあるいのちをどう生きようか、と生き方を考えることができるのは、人間にだけ許された特権なのです。

「人間は死に向かって成長する」
と、精神文学者のエリクソン(1902 ̄94)は言いました。年とともに肉体は衰えても、心はつねに生きる意味を探求しながら前進できるとは、なんとありがたいことでしょうか。   以 上

「時は金なり」という言葉があります。時間というのはお金と同じくらいに大切なもので無駄に使ってはならない。という意味にも用いる言葉ですが、私は時間をお金に例えているだけでは価値が低すぎるように感じます。さらに言えば、時間はお金で買うことはできません。生き物にとって時間は有限です。まさに命そのものです。
だから「時は命なり」という考え方の方がより的確に思えます。私達は命を削って生きているのです。
「今」という時間が恐ろしいスピードをもって過ぎていきます。
一日一日を大切にしましょう。

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2018年 8月

19日から長い夏休みになりますね。事故などに遭わぬよう、そして夏休みならではの体験ができることをお祈りしております。

園では全室空調機入れ替え工事等を実施いたします。「安全第一」を考えた工事になるようにいたします。ご理解ご協力のほどを。

さて今月は“子どもの心の育て方”佐々木正美著から河出書房新社より「人を尊敬する気持ち、共感する気持ちがないと、先人の素晴らしいものを受け継ぐことはできない」    以 上

私達大人こそが常に先輩の言動を謙虚、素直、感謝する心をもって接することが、子どもの「自立」を促すことに繋がることと思います。

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2018年 7月

1学期最後の月になりました。18日終業式まで11〜12日間です。七夕や誕生会、年長児のビッグイベントの「おとまり会」、そしてプール指導と目白押しです。体調の管理をしっかりしましょう。

さて、今月は10年ほど前にベストセラーになった、坂東眞理子著「親の品格」から‘乗り物のなかでは座らない’すでにお読みになっった方も多いことと思いますが、電車の中で親が立って、子どもが座っている姿をよく見かけます。
もちろん、まだ自分で立つのが頼りない一、二歳の子どもはひざに抱いてあげなければなりませんし、体力が十分でない三、四歳の子どもを座らせるのはかまいませんが、学齢以上の子どもは原則として乗り物のなかでは立たせましょう。立たせた方が、体力の養成にもつながります。
現実には、われ先にと車内へ乗り込み、親が身を挺して席を確保したりして、子どもを座らせているのではないでしょうか。自分たちより座るのを優先しなければならない妊婦や高齢者、障害のある人が周りにいないかを見るゆとりさえないのは困ったことです。自分さえラクできればよい、自分の子どもには座らせたいという態度は、自分の家族の安楽さしか考えない典型例です。 幼いときから席取り競争の勝者をめざしていると、筋骨豊かな青年になっても優先席に踏んぞり返り、高齢者や妊婦が乗ってきても狸寝入りを決め込むようになってしまいます。本来であれば、ほかの乗客が青年に注意して立たせるべきですが、みな知らん顔です。席に座るなんて恥ずかしい、格好悪いという美意識を、青年自身がもたなければなりません。
もし、一人だけ座れる席があったら、それは親が座るべきで、小学生や中学生が座るべきではありません。男の子はもちろんですが、女の子も車内では立つべきです。親をさしおいて座らずにはいられないほど疲れているときは仕方がありませんが、いつも座らなければならないひ弱な子どもだとしたら、本気になって体力を養わねば将来が不安です。

また、乗り物のなかは社会です。
車内でどう振る舞うべきか、他人に迷惑をかけないように、不快感を与えないためにはどうするべきか、子どもが幼いときから教えておきましょう。自分たちだけでふざけない、大きな声で話さない、できるだけ他人の邪魔にならないようにする、濡れた傘が人を濡らさないように気をつける、ひざをくっつけて座る、新聞を大きく広げて読まない、ドアの前を占領しない、電車の中で化粧をしない・・・。具体例を教えてあげましょう。
残念ながら、そうした行動、振る舞いを迷惑だと言われたことがない、自分で気がつかないという若者が増えています。親としては当たり前のことを今さらこまごま言わなくても、子どもはわかっているだろう、それでもそういう行為をしたいなら好きにすればよいと思っているのかもしれません。しかし、そもそも悪いことだと教えられていない若者が多いのです。若者が席を譲らないのは高齢者に反感をもっているからではありません。たんに気がつかないのです。ぜひ、幼いときから親が言って聞かせましょう。気付かずに人から嫌がられ、迷惑な行為を続けていることほど恥ずかしいことはありません。    以 上

年長児のお泊り保育は電車やバスを乗り継いで丹沢湖の奥にある中川温泉の宿まで出かけます。その間、乗り物の中では危険でない限りは座りません。また、秋には弘法山ハイキングに出かけますが、その往復も電車の椅子に腰掛けることはいたしません。本当に立派な子ども達です。やればできるのです。疲れ知らずの子ども達を疲れさせるのは大人の「あー疲れた」という言葉だそうです。・・・頑張りましょう。

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2018年 6月

今年の梅雨入りは早まりそうな気配ですね。じめじめしているだけでなんとなく憂鬱になってしまいますね。そんな中でも子ども達の園生活はだいぶ活発になり、友達の名前もかなり出てくるようになってくることでしょう。反面、室内で遊ぶことが多くなる時期でもありますので、友達同士のトラブルもつきものです。日々が充実できるよう、一日一日を大切にしたいと思います。ご理解・ご協力のほどを。

さて、今月は本吉圓子(もとこ)著「あふれるまで愛をそそぐ―6歳までの子育て」(株)カンゼンより“幼いときほど大切”と“小さな望みに応えてあげる”を紹介いたします。

『幼いときほど大切』
私は0歳から6歳までの幼児を長年にわたって保育してきまして、今は保育の指導をしながらお母さんたちの子育ての相談をお受けしていますが、子育て相談をやっていてしみじみ思うのは、小さい頃に親に愛されるということがどんなに大切なことかということです。
子育てがうまくいかなくて悩んで相談にみえる多くのお母さんたちに共通していえることは、小さい頃に親に愛された思い出がないということです。それで、わが子をどうやってかわいがったらいいかわからないというのです。そして、その子どもは愛情不足で心が満たされていないから、「困った子」になっているのです。
悩みは人によりさまざまですが、根本は一つ。子どもは、幼いときほどかわいがって育てることが大切なのです。幼いころに愛されて、心が満ち足りた子どもは、その子本来の「よさ」を発揮して育ち、いい大人になります。

『小さな望みに応えてあげる』
生まれてから大人になるまで、子どもはいろんなことを親に要求しながら大きくなっていきます。その時々に子どもが望むことに親がきちんと応えてあげれば、子どもは決して「困った子」になりません。
子どもが小さい頃に望むことは、「抱っこ」とか、「お外へいきたい」とか、「絵本読んで」とか、「みて、みて」というような、とても子どもらしい“小さな望み”です。小さい子どもは、親が出来ないようなことは絶対に要求してきません。親が今、その手ですぐできることばかりです。
子どもが大きくなると、そうはいきません。何万円もするゲーム機がほしいとか、オートバイを買ってくれとかいうことになれば、そう簡単に応えてあげるわけにはいきませんし、それに応えてあげることがいいかどうか、よく考えてみなければなりません。
それに比べて、小さい子どもの“小さな望み”には、すぐに応えてあげられますし、それにきちんと応えてあげれば、子どもは心が満たされて、その子本来の「よさ」を十分に発揮できるようになります。決して難しいことではありません。でも、なぜかその簡単なことをしてあげないで、子どもを「困った子」にしてしまうことが多いのです。    以 上

「過保護」とは子どもが望んでいる事で親ができることはすべて叶えてあげることだ。「過保護にして悪くなった子はいない」と言われています。
それに対して「過干渉」とは子どもが望んでいない事を親の気持ちを優先してやらせたり、子どもができることを先回りをしてやってしまうことだ。< br /> 「過干渉にしていると親を信頼しなくなる」と言われています。
「過保護」と「過干渉」の定義は佐々木正美先生によるものですが、私も全くその通りに思います。
「過保護」と「過干渉」は似ているようですが、子育ての結果は真逆なものになってしまいますね。

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2018年 5月

風薫る5月です。戸外で過ごすには絶好の季節になってきました。園生活も1ヶ月が経ち、子ども達の生活にも少しずつ変化があらわれてきます。緊張感を持って手探り状態で過ごした4月からくらべると、5月は少しずつ落ち着きを見せ始め、お互いの顔と名前が一致するようになり、友達と遊ぶことに楽しさを発見するようになります。反面、今まで遠慮気味に過ごしていた友達にも本音が出始め、自己主張が強くなり、遊具の取り合いなどのけんかがはじまるようにもなります。幼児期の集団生活ではこういったことを繰り返しながら(私はこのことを歓迎すべきトラブルと呼んでいます)、お互いを確かめ合って成長していきます。
大切な時期です。しばらく静かに見守ってあげましょう。

さて、今月は、高濱正伸著「伸び続ける子が育つお母さんの習慣」青春出版社より“上手な叱り方3原則は「厳しく・短く・後をひかず」を紹介いたします。
叱り方のポイントについては、講演会でも繰り返しお話ししています。なぜかというと、何回言っても元に戻ってしまうからです。
上手な叱り方3原則は「@厳しく・A短く・B後をひかず」。
「厳しく叱る」とは何かと言われれば、この子のこの状態をほうっておいたら社会人としてメシが食えなくなる、社会人として成立しない、甘ったれた仲間もできない状態になる、それを「思い知らせる」ための行為なのです。だから心を鬼にして厳しくしないと意味がありません。子どもが泣くくらいの強さでちょうどいいのです。厳しく叱るからといって、キーキーわめくのはバツ。できるだけ低い声で、丁寧に、真顔で、がポイントです。いつもやさしいお母さんに低い声で真顔で叱られるのは、子どもにとっては怖いものです。「厳しく叱りすぎると子どもが傷つきませんか?」と聞かれることがありますが、心配いりません。この時期の子どもは3歩歩いたらケロッと忘れる、すばらしい時期なのですから。これが5年生くらいになって親の言葉を「聞き流す」関係ができてしまうと、お母さんはとても苦労します。低学年までにビシッと叱ることができる関係を築いてください。「短く」叱るのが苦手なのも女性の特徴です。女性の場合は一度カッとなると、そのことだけではすまない傾向があります。いったん感情が高ぶると、「だいたいあなたはピアノだってやめちゃうし!」と、ずいぶん前の過失を持ち出して叱ったり、あげくの果てには「お父さんだって帰りが遅いし、もう!」と不満のすべてをぶつけてしまったりします。関係のないイライラを浴びせられた子どもはたまったものではありません。いま、この時点での過ちについてのみ叱るようにしてください。

最後に「後を引かず」。短く叱ったつもりでも、まだ怒りが収まっていない、つまり背中が怒っているお母さんが多い。叱られて1時間くらいたって宿題もして、お茶碗も運んで、「そろそろいいかな〜」と「お母さん」と話しかけると、「何!うるさいわね!」。お母さんの方はまだ終わっていなかったりします。
怒りが収まらない空気は、せっかく反省し、気持ちを切り替えた子どもの思いをつぶしてしまいます。厳しく短く叱って涙をふいたら、お母さんのほうも気持ちを切り替えて、いつものように接してあげてください。    以 上

『何度も言ってるでしょ!』『いつまでやってるの!』『はやく!はやく!』とは日本のお母さん達の口癖だとも言われています。
でもこんな言葉もありますよ。教育は「根気と繰り返しだ」ってね。 諦めずに頑張りましょう。!

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2018年 4月

入園・進級おめでとうございます。
暖かい春の訪れとともに平成30年度を迎えることができました。
初めての友達、初めての先生、初めての・・・何もかもが初めてなものばかりで、期待と不安が入り混じってウキウキ、ドキドキしていることでしょう。
園長を始め、教職員全員で精一杯にお世話させていただくことを心から喜んでいます。
しばらくはにぎやかな毎日になりますが、本当に楽しみです。

さて、今年度の「つくつくランド」も毎月の予定や子ども達の様子、いろいろな情報等を中心に楽しい内容になるようにしていきたいと思います。どうぞ、お楽しみに!
「教育とは思い出をつくる事なり」という言葉を聞いたことがありますか?
人の成長過程には、色々な環境や様々な時期に人や物との出会いがあり、その都度影響を受けていきます。その影響が強ければ強いほど、心に深く思い出として残り自分の生き方や在り方の方向を示してくれるものです。
思い出には嬉しいことや楽しいことばかりでなく、時には悲しみや怒りに満ちたこともあります。これから始まるつくしの幼稚園の生活は、親も子も職員もそれぞれが感動的で、思い出深いものになるようにと願っています。

4月は新入児も進級児もどんなに楽しく園で過ごしても、しばらくの間は疲れて帰ることと思います。ご家庭では十分な休息と甘えが必要です。お子さんをうんと受け入れてスキンシップをたくさんしてやってくださいね。
集団生活で「いい子」で過ごすことができるようになるには、ご家庭の受容が何より大切です。

こんな言葉があります。「親は子どもがいいことをした時だけ『おまえはいい子だね』と誉めるが、子どもはいつも親に『おまえはいい子だよ』と言われているといい子になるものである」
園でも家庭でも言い続けていきましょう。お互いの向上のためにも大切なことですね。
ご理解・ご協力のほどを。

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